Aug 31, 2010

3分間ドラッカー【第191回】「世界のモデルたりうる日本」人の流動化を実現し人を大切にする社会

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3分間ドラッカー【第191回】「世界のモデルたりうる日本」人の流動化を実現し人を大切にする社会

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 「今日もっとも困難な試練に直面している先進国が、この半世紀間社会としてもっともよく機能してきた日本である」(『明日を支配するもの』)

 1999年、日本がバブル崩壊で閉塞状態にあるとき、ドラッカーはこう言って日本にエールを送った。「日本は、働く人が動かないようにすることによって、歴史上類のない成功を収めた」。

 それが終身雇用制だった。ドラッカーは、終身雇用制のメリットとして人と人の絆を重視した。

 しかし、知識が中心の社会では移動の自由が不可欠だ。そこでドラッカーは、日本が社会的な安定、コミュニティ、調和を維持しつつ、人の移動の自由、すなわち転職の自由を実現することを願った。人を大事にする伝統を守りつつ、社会の秩序を失わせない程度の転職の自由を加えることはドラッカーの理想であった。

 ドラッカーは、これらのことを、日本人を喜ばせるために、「日本版」に書いたのではなかった。全世界向けの本文中で書いた。このことをもってしても、ドラッカーの日本への期待の大きさがうかがえる。

 2006年、バブル崩壊を乗り越えつつある日本の労働市場は" 売り手市場"に変わり、転職の自由が実現し始めた。ドラッカーの期待に背かないためにも、人を大切にする日本の伝統を失ってはならない。

 「日本も、今日の姿とは違うものになるであろう。あらゆる先進国が今日の姿とは違うものになる」(『明日を支配するもの』)

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> 「今日もっとも困難な試練に直面している先進国が、この半世紀間社会としてもっともよく機能してきた日本である」(『明日を支配するもの』)

2010年の現在も、このメッセージがあてはまるという情けない状況にあると認めざるを得ない。

こういう時代だからこそ、新規事業開発の果たす役割は大きいと見る。「今日の姿とは違うものになる」ためには、新しい事業を生み出していかなくてはならない。だが、人間は不安の度合いが高くなると、守りに入る傾向を持ち合わせている。困難に直面すればするほど、エネルギーが湧いてくるという人々もいるにはいるが、人数は少ない。「人を大切にする」ということを安心につなげ、新規事業開発に挑む人々、意欲を持って臨む人々を増やしていかなくてはならない。



3分間ドラッカー【第190回】会社オンリーで終わらせない「第二の人生」の準備

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3分間ドラッカー【第190回】会社オンリーで終わらせない「第二の人生」の準備

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「知識社会に特有の上方への移動は高い代償をともなう。それは、競争にともなう心理的な圧力と精神的なストレスである」(『ネクスト・ソサエティ』)

 ドラッカーは、われわれが今、直面している社会を知識社会(ネクスト・ソサエティ)と呼ぶ。知識社会には、3つの特徴がある。

 第1に、万人に職業選択の自由がある転職可能な社会である。

 第2に、万人に教育の機会が与えられるがゆえに、誰もが出世可能な社会である。

 第3に、万人が知識を手に入れ、しかも、万人が勝てるわけではないがゆえに、成功と失敗が併存する社会である。

 昔の社会はそうではなかった。無産者の子は、無産者であっても敗者ではなかった。ところが、知識社会では、勝者がいて敗者がいる。全員がいつまでも順風満帆というわけにはいかない。

 おまけに、ほとんどの人が、長い第2の人生を持つことになった。

 したがって、会社オンリーだとつらいことになる。本人のせいではない。そのような時代になったということである。

 そこでドラッカーは、他のことと同様、いつから始めるにせよ、準備が必要だという。

 「知識労働者たる者は、若いうちに、非競争的な生活とコミュニティをつくりあげておかなければならない。コミュニティでのボランティア活動、地元のオーケストラへの参加や、小さな町での公職など、仕事以外の関心事を育てておく必要がある」(『ネクスト・ソサエティ』)

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今回のコラムと新規事業開発を結び付けるのは困難を伴うが、本稿の趣旨はドラッカー博士の言葉から新規事業開発を考えるものなので、多少のこじつけをご容赦いただきたい。

知識社会においては、新規事業開発の重要性、必要性は増していると思う。

万人に機会が与えられ、勝者と敗者が出るということが新規事業開発の必要性をもたらしているのである。機会に挑まなくてはならない社会と言ってもよいであろう。




Aug 29, 2010

3分間ドラッカー【第182回】経営者にとって真摯さほど重要なものはない

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3分間ドラッカー【第182回】経営者にとって真摯さほど重要なものはない

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 「経営管理者は、仕事ができればできるほど真摯さを求められる」(ドラッカー名著集『現代の経営』[下])

 好むと好まざるとにかかわらず、経営者は、共に働く人たちの範となることが求められる。さらには、社会を構成するあらゆる人たち、やがて社会の担い手となる若い人たちの範となることが求められる。なぜならば、現代社会を動かしている最も目立つ人たちが、組織で働く経営者であるからだ。

 もはや、代わるべき人たちが、ほかに十分いないからでもある。かつてのように、教師、医師、僧侶に任せればよいというわけにはいかない。

 社会の質を規定するものは、真摯さである。真摯さが欠落した社会は、社会たりえない。群集にすぎず、烏合の衆にすぎない。したがって、範となるべき人たちに最も求められるものが、真摯さだ。

 人は、仕事ができるほどまねをされる。まねをされるからこそ範となれる。ドラッカーは、経営者にとって絶対的に重要なものが、真摯さであると繰り返し説く。しかも、ドラッカーにいわせれば、企業で働く人すべてが経営者=経営管理者だ。こうして、新しい諸々の課題を前にした経営者たちの仕事ぶりが、経済と文明の行方を左右する。

 「実に新しい課題は、明日の経営管理者に対し、哲学をもってあらゆる行動と意思決定を行い、知識、能力、スキルだけでなく、ビジョン、勇気、責任、真摯さをもって人を導くことを要求する」(『現代の経営』[下])

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>ドラッカーにいわせれば、企業で働く人すべてが経営者=経営管理者だ

新規事業開発に従事していると、この言葉の重みを強く感じる。人のせいにできない。それをしたところで、何も起こらない。誰も動いてくれるわけでもない。自分が解決策を探って、行動するしかないのである。それを貫く哲学を持って行動することで、人々が支持してくれるようになる。



3分間ドラッカー【第188回】「ミッションは何か」ミッションが定まれば取るべき行動は明らかである

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3分間ドラッカー【第188回】「ミッションは何か」ミッションが定まれば取るべき行動は明らかである

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 「考えるべきは、ミッションは何かである。ミッションの価値は、正しい行動をもたらすことにある」(ドラッカー名著集『非営利組織の経営』)

 ドラッカーが好きな"ミッション"の例は、かつての通信販売会社シアーズのものだという。「われわれのミッションは、農家のためにバイヤー役を務めることである」。

 このミッションの下では、取るべき行動は明らかである。農家が必要とする優れた製品を安く安全確実に提供すればよい。

 ドラッカーは、病院の救急治療室のミッションの検討に手を貸したことがある。答えは「患者を安心させること」だった。

 だがそのためには、一分以内に診察しなければならなかった。それがミッションであり、ミッションに続く行動だった。それが患者を安心させる唯一の道だった。

 ドラッカーは、非営利組織(NPO)の活動が重要だから、その発展に力を入れた。しかしそれだけではなかった。企業の手本になるから、非営利組織のマネジメントにも力を入れた。

 そして、非営利組織にとって最も重要であり、かつ企業が学ぶべき最も重要なことが、ミッションを持ち、そこから行動を導くことだった。

 「ミッションは、行動本位たるべきものである。さもなければ、単なる意図に終わる。ミッションとは、組織に働く者全員が、自らの貢献を知りうるようにするものでなければならない」(『非営利組織の経営』)

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新規事業開発においても、その事業のミッションをいかに定義するかで。内容が大きく変わってくる。ミッションの定義は検討を進める間に変化するものである。ふり返ると、大変大きな変化を遂げるものでもある。そうしていって、その事業の定義をきちんとすることができるようになる。


3分間ドラッカー【第177回】継続学習! 成人が学校へ戻ることが常識になる社会

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3分間ドラッカー【第177回】継続学習! 成人が学校へ戻ることが常識になる社会

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 「学習が、大人になれば止めるものでなく、生涯継続すべきものとなったからには、学校もまた継続学習に向けて組織されなければならない」(『断絶の時代』)

 まもなく、あらゆる者が、数年ごとに学校に戻ることが当然となる。成人が学校に戻ることが常識になる。

 もちろん、18歳で学校に行くのをやめたからといって、知識労働に必要な知的資質を欠いていると見なすべき理由はない。ドラッカーは、むしろ逆だという。

 10年もすると、誰もが学校に戻りたくなる。そのとき彼らは、その強い動機づけのゆえにきわめて意欲的な学生となる。

 人は、人生のいかなる段階にあろうと、さらに高度な知識労働への道を開くことができなければならない。そして社会は、年齢にかかわりなく、いかなる人をも受け入れなければならない。そのようにして、組織の多様性も確保される。

 知識が仕事に不可欠になったからには、継続学習、すなわち成人を何度も学校に帰らせることが必要だ。日本でも、社会人学生が増え、専門職大学院が次々に設立されている。

 今日すでにあらゆる分野の人たちが、自らの再教育のために学校に戻り始めた。

 「知識社会では学校と生活は切り離されたものではありえない。学校と生活は相互にフィードバックしあうという有機的なプロセスとして結合される。これこそが、継続学習が目指すものである」(『断絶の時代』)

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新規事業開発とは、継続学習の学習そのものの機会であり、アウトプットの機会であると思う。

会社に入社してから、それなりの年数が経った。周囲の人々のおかげで、会社を変わるということをせずにここまで来ることができた。だが、仕事の内容、従事する事業は変わってきた。おかげさまで、飽きるということもなく、追い込まれてもやめるという選択をするでもなく、生きてくることができた。

私自身の話で恐縮だが、一貫していることがある。新しいものを生み出すということに対する思いだけは、この間、変わっていない。むしろ、年齢を重ねるごとに、その思いは強まっている。

3分間ドラッカー【第155回】成長の過程では何かを生み出すことほど大事なことはない

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3分間ドラッカー【第155回】成長の過程では何かを生み出すことほど大事なことはない

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「成長の過程では、何かを生み出すことほど大事なことはない。しかるに学校はその機会を与えない」(『断絶の時代』)

 今日の科目では、何かを生み出すことはできない。文法において生徒のなしうることは、誰かがすでに明らかにしたことを覚えることだけである。

 ドラッカーによれば、これまで学校は基本的には何一つ変わっていないという。生徒をはじめ、関係者の全員がこれまでのものと違う学校では承知しなかった。

 しかし、その結果は退屈な学校、刺激のない学校、何事も生み出すことのない学校、いかなる満足も与えない学校だった。

 知覚と感性は本人の能力、性向、得手不得手とはかかわりのない客観的な基準の下に、自ら何かを生み出すことによってのみ、教えられ、伸ばされる。しかも、生きていくうえで、成長を続けていくうえで必要とされるものは、推理や暗記よりも、この知覚と感性である。

 音楽では鑑賞が科目とされ、肝心の作曲と演奏のほうはクラブ活動や専門学校の世界に追いやられている。ばかげたことというべきである。

 ドラッカーは、一人ひとりの生徒のニーズと意欲を満たすカリキュラム、しかも同じ成長過程を経る者はいないという事実に即して、一人ひとりの生徒に合わせて組んだカリキュラムが必要だという。

 「落ちこぼれとは、教育の品質管理の失敗である。しかるに今日この評価に耐えうる学校や教師がほとんどない」(『断絶の時代』)

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本稿の「学校」を「会社」と読み替えた時に、わが社では違和感を感じないと言えるだろうか。100%そうではないにしても、わが社は100%そのようなことはないとは断言できないのではないだろうか。

新規事業開発とは何かを生み出すことに他ならない。新規事業開発を進める人間を育てるカリキュラムなるものは残念ながら存在しない、もしくは、限られたところに偏在しているのではないだろうか。私自身の課題として、新規事業開発を進める人間を育てることはできないものかと考えている。偶然に任せて、発想と意欲と執念を持った人間が出てくるのを待っていては追いつかないように思うのだ。

3分間ドラッカー【第161回】利潤動機なるものを疑え利益は、世のため、人のための必要条件である

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3分間ドラッカー【第161回】利潤動機なるものを疑え利益は、世のため、人のための必要条件である

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「混乱の根は、利潤動機という私的な動機が企業活動の動機であり、基準であるとする考えにある。利潤動機なるものは、その存在さえ疑わしいというべきである。利潤動機とは、古典派経済学が経済行為を説明するために考え出した概念である」(『現代の経営』)

 経済行為を理解するうえで利潤動機なるものは不要である。天使が社長でも利益は必要である。

 利潤動機とそこから派生する利益最大化の概念は、事業の機能、目的、マネジメントとは無関係である。無関係であるよりも悪い。害を与える。利益の本質に対する社会の誤解と、利益に対する根強い反感の原因となっている。誤解や反感こそ産業社会にとっての病原菌である。

 ドラッカーは、利益を目的とすることは誤りだと口を酸っぱくして言う。利益とは、世のため人のために、明日もっとよい事業をするための必要条件である。それは目的や目標よりもきつい条件である。実現できなければ存続さえ怪しくなるというものである。

 未来について唯一確かなものは不確実性すなわちリスクである。リスクの語源が、アラビア語の「今日の糧を稼ぐ」であることは偶然ではない。
 未来のリスクを賄うための利益、社会にとっての富の創出能力を維持するための利益を上げることは、企業にとって絶対の条件である。

 「企業活動とは、つねに変化を起こそうとする経済活動である。それは、自分の座っている椅子の脚をのこぎりで挽くことに似ている」(『現代の経営』)

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新規事業開発とは、変化を起こそうとする経済活動そのものである。そして、全く意図していなくても、「自分の座っている椅子の脚をのこぎりで挽く」ようなことをやっているのかもしれないと、本稿を読んで考えさせられた。

新規事業開発には事業立ち上げ失敗というリスクを伴う。そのリスク内容を説明することは意外に簡単である(といっても、相当、骨を折るのだが) だが、それ以上に、それをやらなかった場合のリスク内容を説明するという技術も身につけなくてはならないと思う。私自身にとっては、これからの課題である。