Aug 21, 2010

3分間ドラッカー【第106回】人は経済のために生きることで満足できるか

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3分間ドラッカー【第106回】人は経済のために生きることで満足できるか

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http://diamond.jp/articles/-/4132

 「人間を経済的動物(エコノミック・アニマル)とする概念は、経済活動をあらゆる目的を実現するための手段としてみるブルジョア資本主義社会、及びマルクス社会主義社会の基盤である。経済的な満足だけが社会的に重要であり、意味があるとする」(『「経済人」の終わり』)

 経済人(エコノミック・マン)の概念は、アダム・スミスとその学派により、ホモ・エコノミカスとして示された。これは、「経済人とは、常に経済的な利益に従って行動するだけでなく、常にそのための方法を知っている」という、概念上のモデルであった。

 この経済至上主義が、失敗を招くことになった。

 民主主義を自力で勝ち取っていた国が遅疑逡巡しているあいだに、民主主義を国家統一の過程で手にしていた国では、経済至上主義の失敗に耐え切れずに国家社会主義へ走ったと、ドラッカーは分析している。

 今日では、生産性革命とマネジメント革命のもたらした豊かさが、先進国からかつての悲惨さをなくしてくれた。しかしドラッカーは、経済のために生きることで満足できるか、経済至上主義で人は幸せでありうるのかを、問い続ける。

 「経済至上主義は、経済的な地位、経済的な報酬、経済的な権利が、人の働く目的であるとする。これらのもののために、人は戦争をし、死んでもよいと思う。そして、ほかのことはすべて偽善であり、衒いであり、虚構のナンセンスであるとする」(『「経済人」の終わり』)


新規事業開発に従事していると、「経済的なもの」を至上の働く目的としていたら、割の合わないことと思うであろうと、常々感じる。事業であるから、その結果として、経済的利益を目指すのは当然である。また、そうでなければ、その事業は取り組んではいけないものであり、参入を中止すべきものと判断せざるをえなくなる。

だが、それだけでは、新規事業開発に自ら身を投じようということにはどうにもなれない。ある意味、経済至上主義の生み出した道具と考えてよいと思うのだが、競争戦略理論、ファイナンス理論、マーケティング理論等々のツールを使って、数年前に従事していた新規事業をなぜやるのか???という問いへの解答を試みたことがある。結果は....どうにも、合理的な理由が見いだせない。いや、腑に落ちる理由づけができなかったというべきだろう。その時気づいたことは、「人間の思い」が新規事業を立ち上げる原動力なのだということであった。その結論は今も変わっていない。

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