Aug 22, 2010

3分間ドラッカー【第125回】子供の才能を成果に向けて方向づけるには

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3分間ドラッカー【第125回】子供の才能を成果に向けて方向づけるには

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 「人がいかに学ぶかは明らかになっている。学ぶことと教えることが、コインの表と裏ではないことも明らかになっている。学ぶことと教えることは違う」(『新しい現実』)

 学校はあらゆる時代を通じて、学ぶことによって身につけられるもの、すなわち練習、反復、フィードバックなど行動によって学ぶべきものを学ばせることに果てしない時間を投入してきた。小学校で教える科目だけではない。大学の授業でさえそうである。

 これに対し、本来教師の果たすべき役割は動機づけし、指示し、激励することである。教師は相談相手となるべきものである。

 明日の学校では、学ぶことについては生徒自身が自らの教師となる。パソコンが道具となる。しかも若いほどパソコンを好み、パソコンによって学ぶことができる。

 学ぶことの動機づけは、学ぶこと自体にしかありえない。学ぶプロセスのステップごとに、学ぶことの満足を得られるようにしておく必要がある。

 つまるところ、緊急に必要とされているものが、IT技術と学習論を総動員したeラーニングの発展である。

 そして教師を学ぶことの監視者の役から解放し、教師本来の仕事のための時間をつくることである。

 「世の中には教えられなければならないことがある。それは価値観であり、洞察力であり、物ごとの意味である。それだけではない。子供の長所をつかみ才能を成果に向けて方向づけを行うには教師が必要である」(『新しい現実』)


>世の中には教えられなければならないことがある。それは価値観であり、洞察力であり、物ごとの意味である。

企業人として働いてきて、価値観、洞察力、物事の意味なるものをどれだけ育んできたであろうか???という疑問を自らに投げかけてみると、大変心もとないことに愕然とさせられる。新規事業開発などということをやっていると、これらのことがらが大きな意味を持っていることに気づかされる。既に動いているものがあるにもかかわらず、新たなことを始めようとする時、なぜ、それをやらなくてはならないのか。周囲の懐疑的な目にさらされながら、それでもやる価値があると主張できるか。その根幹には価値観、洞察力、物事の意味をきちんと持っていなくてはならない。

しかるに、わが国の教育では、そのようなことを育むことが少ないと認めざるを得ない。われわれが生きていくためには、自らの手で新たなものを生み出していく力こそが必要だと思うというだけでなく、自分は何ができるのか。自分の仕事を通じて影響を行使できるのは子供ではなく、大人であるが、大人にとっても、教育は大切であり、今や、継続学習は常識ですらある。であれば、自分は新規事業開発というミッションを通じて、事業としての業績につなげることを通して、自らの成長だけではなく、周囲の人々に何らかのヒントを示していきたいと思うのである。

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