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3分間ドラッカー【第150回】自らの成長のためには自らに適した組織において自らに適した仕事が必要だClipped from: http://diamond.jp/articles/-/6353 |
「自らの成長のためには、自らに適した組織において自らに適した仕事につかなければならない。そこで問題になるのは、自らの得るべき所はどこかである」(『プロフェッショナルの条件』)
大きな組織のほうが仕事ができるか、小さな組織のほうができるかはわからない。人と一緒に仕事をするほうがよいか、一人のほうがよいか。時間の重圧があったほうがよいか、ないほうがよいか。迅速に決定するほうか、しばらく寝かせないとダメなほうか。
ドラッカーは、最初の仕事はくじ引きだとも言う。最初から適した仕事に就く確率は高くない。得るべきところを知り、向いた仕事に移れるようになるには数年が必要だという。
われわれは気質や個性を軽んじがちである。だが、気質や個性は訓練によって容易に変えられるものではないだけに、重視し、明確に理解することが必要である。
得るべきところはどこかを慎重に考えた結果が、今働いているところではないということであるならば、次に問うべきはそれはなぜかである。組織の価値観になじめないからか、組織が堕落しているからか。
もしそうであるならば人はダメになる。自らが価値ありとするところで働くのでなければ、人は自らを軽く見るようになる。
「自らが所を得ていないとき、あるいは組織が腐っているとき、あるいは成果が認められないときには、辞めることが正しい選択である。出世はたいした問題ではない」(『プロフェッショナルの条件』)
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>自らが所を得ていないとき、あるいは組織が腐っているとき、あるいは成果が認められないときには、辞めることが正しい選択である
このメッセージは、ある前提に基づいているということを意識しなくてはならない。ドラッカー博士のように、的確に自分自身を見ることができる者であれば、これを奨励すべきであろう。私はこの言葉を鵜呑みにするのは危険であるとさえとらえている。自らがところを得ていないとき、あるいは組織が腐っているとき、あるいは成果が認められないとき....私自身、それも今だもって、一家言をなすことのできない者の事例で恐縮至極だが、自分が限界まで努力していないことを他者のせいにしているというケースが往々にしてあるように思うのだ。かくいう私自身の過去に対する反省がそれを言わせるのだ。日本人の美徳は「他責でなく自責」というものがあったと思う。それは時に自虐になってしまうという弊害を伴いながらも、欧米人の目に、いや、ドラッカー博士の目にというべきか、日本人を日本人たらしめている姿があったと思うのだが、あまりに薄れていないだろうかと、自分自身を反省している。
自らが所を得ていないと「思った」とき、あるいは組織が腐っていると「思った」とき、あるいは成果が認められない「思った」とき....「他責でなく自責」という言葉を思い出して考え直すということを100回までやってみようではないか。100回やって、どうしてもそう思うしかないとなったら、本当にそうなのだろう。そこから自らの転身を考えても決して遅くないと思う。少なくとも、私はそれで仕事を投げ出さなくて、救われたと思っている。
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