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3分間ドラッカー【第168回】高齢化社会においては高年者の強みをフルに引き出す経営が求められているClipped from: http://diamond.jp/articles/-/7048 |
「退職した人と働く人との比率を、少なくとも1対3に抑えることが、あらゆる先進国の社会政策と経済政策の中心的な目標とされなくてはならない」(ドラッカー名言集『歴史の哲学』)
ドラッカーは、いかなる社会といえども、多くの数の高年者を扶養することはできないという。社会が重荷に耐えられない。しかしドラッカーは、今日の65歳の平均余命と健康度は、1920年代の52~53歳に相当するという。
仕事はおもしろい。それは社会との絆でもある。加えて、高年者の発言力は増大する。かくして定年制の緩和が不可避となる。それは、社会的、経済的、人道的見地からの必然である。
やがて六五歳定年制は、パートタイムでも働きたいとの欲求を持つ健康な人たちに、怠惰を押し付け、無用の存在たることを強制するだけのものと受け取られるようになる。
遠くない未来において、高年者をいかにマネジメントするかが、中心的な課題の一つとなる。高年者の強みを引き出すマネジメントこそ、先進国社会において最も重要なこととされるようになる。
1つだけ難問が残る。身体的あるいは知的な能力が低下して満足な仕事のできなくなった者に退職を納得してもらうための基準である。これこそ最大の難問であり、緊急の課題である。
「定年制によって65歳で退職した者も、退職後まもなく、欲しかったものは長期休暇にすぎなかったことを知る」(ドラッカー名言集『歴史の哲学』)
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本稿を読んで、真っ先に提示したくなった問題提起を記す。
リスクをとるのは若者の特権か???
私自身は、65歳までの時間はまだまだあるが、リスクを取るのは若者の使命という俗説に対する疑問が日々増しているのだ。
30代までは仕事のキャリア形成期であり、将来の可能性があると思える時期である。そういう時期に、自らの成長、もっとストレートに言おう、出世の機会を棒に振る可能性のあるチャレンジに打って出る人間がどれだけいるであろうか。私自身の話で恐縮だが、つい最近に至るまで、この種の打算が優先していたと認めなくてはならない。それがために、精神面でつらい思いもしたが、それは自分で自分を勝手に苦しめていただけだったと気づいたのはつい最近のことであった。
そうしたことを乗り越えてきて思うのだ。リスクを取るのは年長者の特権である。年長者はある意味、自分の先行きが見えている。ならば、少々のリスクを取ったところで、自分の生活、老後が脅かされるわけではない。よほど、何か不祥事でも起こせば別だが、脅かされる恐怖から解放されていると言っても、言いすぎではないであろう。
若者にリスクを取って欲しいと思うのなら、年長者が自ら実践すべきである。それによって失うものなどあるのか。それがないのが年長者の特権だと思う。その特権に対するミッション、口はばったいが、ノブレスオブリージュを持とうではないか。
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