Aug 16, 2010

3分間ドラッカー【第48回】あまりに多くの選択肢が若者を悩ませる

From Evernote:

3分間ドラッカー【第48回】あまりに多くの選択肢が若者を悩ませる

Clipped from: http://diamond.jp/articles/-/5179
http://diamond.jp/articles/-/5179

 「知識は仕事や技能をなくしはしなかったが、仕事の生産性と働く者の人生を大きく変えた」(『断絶の時代』)

 かつては、就ける職業は出自によって、ほぼ定められていた。ところが、知識が、職業を選べる社会に変えた。今ではいかなる種類の知識を使い、いかなる種類の仕事に就いても、一応の生活を送れるようになった。これこそ新しいことだった。

 かつて教育を受け、知識によって生計を立てられたのは、ごく狭い範囲の専門職、つまり僧侶、医師、弁護士、教師、そして新参の職業たる官吏だけだった。技術者が登場したのさえ19世紀末だった。

 ところが今日、たとえば数学が好きな子には、機会は無数にある。しかも、ニュートン並みの才能は必要としない。

 教育が特権であり、知識が稀少物だったのが、わずか100年前である。ところが知識がものをいう社会は、これからが本番である。 

 さらなる豊かさを求めるにせよ、地球を救い自然に生きるにせよ、恵まれない国の人たちに手を差し伸べるにせよ、まず必要とされるものが知識である。そしてその主役は、先進国の才能と意欲のある教育を受けた若者であるはずだ。

 「今日、先進国社会は自由意志によって職業を選べる社会へと急速に移行しつつある。今日の問題は、選択肢の少なさではなく、逆にその多さにある。あまりに多くの選択肢、機会、進路が若者を惑わし悩ませる」(『断絶の時代』)



あまりに多くの選択肢、機会、進路が企業を惑わし悩ませる....と書き換えても、違和感を感じる方は少ないのではないだろうか。われわれはやらなくてはならないことについて、あまりに多くの選択肢を抱えてしまい、途方に暮れているというのが実感ではないだろうか。そして、あまりに多くの選択肢の前に、新規事業開発、新規市場開発に対して、非常にコンサバティブになっているという逆説的な現象を生み出していないだろうか。

世の中に選択肢は多くあり、迷うという経験は若い頃に必ず通るものである。だが、年齢を重ねて、ふり返ってみると、どうであろうか。私は一度、過去何度かあった節目をふり返って、別の選択肢を選んでいたらどうなったかというシミュレーションをやってみたことがある。結果は、最後には今の自分に来てしまったのだ。どの節目を選んで、別の選択肢を選んでも、同じであった。人間の人生とはそういうものではないのだろうか。

組織、企業は人間の営みであることを考慮すれば、案外、このことはあてはまるのではないかと思う。これだと思うものを定義して行動した者が勝つ。このことを忘れずに、「これだ」と思ったものに挑むことが必要なのだと思う。それが個人、組織の両方にとって、結果的にプラスをもたらし、得るものがあると信じる。

No comments:

Post a Comment