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3分間ドラッカー【第68回】報告と手続きは道具であって支配者ではないClipped from: http://diamond.jp/articles/-/3571 |
「報告と手続きは道具である。だがこれほど誤って使われ害をもたらしているものはない」(『現代の経営』)
報告と手続きは誤った使い方をされるとき、道具ではなく支配者となる。
よく見られる誤りが、手続きを規範と見なすことである。しかし手続きは完全に効率上の手段である。何をなすべきかは規定しない。
同じくよく見られる誤りが、手続きを判断の代わりにすることである。しかし手続きが有効に働くのは、判断が不要になっているときである。すでに判断を行ない、その正しさが検証されているという反復的な状況においてだけである。
われわれの文明は印刷された書式の魔力にあまりにとらわれている。
そして、報告と手続きの最もよく見られる間違った使い方が、管理の道具として使うことである。
かつてドラッカーは、ある公益事業に提案して、報告と手続きを2ヵ月廃止し、現場が必要とするものだけを復活させたという。その結果、報告と手続きを4分の3削減させたという。
報告と手続きは記入する者の道具でなければならない。記入者を評価するための道具にしてはならない。記入の出来栄えによって仕事を評価してはならない。記入ぶりによって評価してよいのは、記入を仕事にしている事務員だけである。
「報告と手続きのすべてについて、本当に必要かを定期的に検討する必要がある。5年に一度は、すべての書式を見直さなければならない」(『現代の経営』)
新規事業開発を進めるに当たって、苦しむ問題が「報告と手続き」である。新規事業に決まった「報告と手続き」の手順があるわけではない。既存事業の「報告と手続き」を参照しながらやっていくのだが、そもそも、既存事業と同じことをやれといわれても、それは無理というものである。(努力はしなくてはならないのだが。)そして、既存事業と同じ「報告と手続き」の評価、判断尺度を適用されたら、どうにもならなくなる。「報告と手続き」を受ける側もそれはわかっている。だが、どうすればよいのかはわかっていないから、困っているのだ。新規事業開発担当者は「わかってもらえない」と被害者意識を持つ。
だが、こういう時、どちらがオーナーシップを持っているのか。自明のことだが、新規事業開発担当者である。「報告と手続き」を受ける側に立証責任はない。責任を負うのは新規事業開発担当者である。これはベンチャーが出資者を募るのと同じではないかと、ある時、気づいた。そう思ったら、少し気が楽になったものだ。
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