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3分間ドラッカー【第163回】財政難の恩恵? いかなる政治家といえどもこれ以上は、ばらまけないClipped from: http://diamond.jp/articles/-/4328 |
「われわれは今のところ、ばらまき国家という合法の富の略奪から逃れる方法を知らない」(『ポスト資本主義社会』)
ドラッカーは、国家予算の歳出項目それぞれについて公益への貢献度を評価する機関の必要性を説いている。しかも立法府や行政府から独立した機関が必要だという。求められているものは、企業監査の政府機関版である。
一般に、政治家と官僚は、自らを律するいかなる試みにも反対するものと思われている。しかし実際には、ほとんどの政治家が、外部チェックを、むしろ歓迎するに違いないという。
もともと政治家と官僚は、清く正しく、すばらしい社会をつくるという理想に燃えた人たちのはずである。それが諸々のしがらみで利益誘導的な人たちになってしまった。国民の財産を守るべき者が、集めてばらまく役目を果たす羽目になったのだ。
しかし彼らは、自らを律することはできない。そのようなことをすれば諸々の利益集団から罰せられ、職にとどまることはできないからだ。
もちろん彼らも、ばらまき行為が自らの地位や国民との関係をむしばみつつあることは知っている。おまけに自らの誇りを失わせつつあることも知っている。
「今後あらゆる国において、政府支出に向けられる金はますます少なくなっていく。その結果、ばらまき的な歳出を制御することにますます関心が集まっていく。その必要性については、もはや疑う者はいない」(『ポスト資本主義社会』)
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ばらまきではなく、明日を生み出すためにリスクを取るための投資と、ばらまきを区別する方法は何だろうか。どうしたら、それをできるのであろうか。非常に悩む。
政府にしても、企業にしても、投資対象の厳選が課題と言われる。厳選した結果、明日を生み出すための投資をつぶしていないだろうか。もちろん、すべての機会に投資はできない。すべての新規案件を認めるというのは、たとえ資金があっても、許されるものではない。だが、どういう基準で選定することがベストなのか。重い課題である。
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