Sep 15, 2010

3分間ドラッカー【第31回】教条的な理論にとらわれる経済学者たち

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3分間ドラッカー【第31回】教条的な理論にとらわれる経済学者たち

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 「物事を理解するのに経済学者ほど時間のかかる職業の人たちはいない。無意味になった教条的な理論にとらわれるほど、物事を学ぶうえで障害となるものはない」(『マネジメント・フロンティア』)

 経済学に対するドラッカーの目は厳しい。マクロ経済、ミクロ経済、グローバル経済を統合する新しい経済学の誕生を、首を長くして待っている。だからこそ、今日の経済学には目が厳しくなっているのだ。

 しかし経済学の現状は、数学の利用に成功した物理学のまねという信じがたい段階でほとんど止まったままである。経済学の世界には、頭の切れる人たちが大勢いるというのに、どうしたことだと嘆いている。

 ドラッカーは、1929年以降、政府が経済を担当するようになったために、経済学者は教条的にならざるをえなくなってしまったという。

 それ以前の経済学者は、はるかに謙虚だった。いつも、「自分たちにはわからない」と答えていた。

 ところが彼らは、1929年、突然、政策立案者にさせられた。彼らは、答えを持っていると主張してしまったからだ。

 「1929年までは、政府が経済に責任があるなどとは、誰も考えなかった。経済学者たちも、われわれには何も分からないのだから、成功の可能性のある政策は、何も政策をもたないことだ、支出を抑え、生産性を上げ、祈るだけだと言っていた」(『マネジメント・フロンティア』)

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教条的な理論にとらわれて、新規事業開発の芽を摘むということがままあるというのが現実だろう。

やってみなければわからない。この事実を多くの人々が認める。

だが、実行しようとすると、そのわからないことに対して、明確な、確度を持った説明を求めてくる。

明確な、確度を持った説明が不要だというのではない。その説明をできないようであれば、結局失敗するだけである。それならば、実行する前に止められる方がよい。

重要なことは、それでもやってみなければわからない。この事実に対して謙虚になることである。

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