Oct 2, 2010

3分間ドラッカー 【第116回】今日の現実は“モダンの公理”とは相いれない

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3分間ドラッカー 【第116回】今日の現実は“モダンの公理”とは相いれない

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 「われわれはいつの間にか、モダン(近代合理主義)とよばれる時代から、名もない新しい時代へと移行した。われわれは世界観を変え、新たな知覚を得、したがって新たな能力を獲得した」(『テクノロジストの条件』)

 昨日までモダンとよばれ、最新のものとされていた世界観、問題意識、よりどころのいずれもが意味をなさなくなったとドラッカーは言う。

 今日に至るも、モダンは政治から科学に至る諸々のものに言葉を与え続けている。しかし、政治、理念、心情、理論にかかわるモダンのスローガンは、もはや対立の種とはなりえても、行動のための紐帯とはなりえなくなった。

 地球環境問題、途上国問題、教育問題など、われわれの直面する問題のすべてが、モダンを超えた解決を求めている。しかも、われわれの行動自体が、すでにモダンではなく、ポストモダン(脱近代合理主義)の現実によって評価されるに至っている。

 にもかかわらず、われわれはこの新しい現実についての理論、コンセプト、スローガン、知識を持ち合わせていない。

  「ポストモダンの最初の世代であるわれわれにとっての最大の問題は、世界観そのものの転換である。今日われわれが口にしているものは、350年来の世界観である。だがわれわれが目にしているものはそれらのものではない。しかもわれわれが目にしているものには名前さえない。手段もなければ道具もなく、言葉さえない」(『テクノロジストの条件』)

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われわれ企業人もポストモダンの現実によって評価されているということ。

新規事業開発においても、ポストモダンの現実を踏まえた、新たな機会探索、勝ちのシナリオを描かなくてはならない。

「評価されている」という表現をすると、受け身になってしまう印象を受ける。だが、実際にやるべきことは違うはずだ。自ら、新しいことを興して、評価を受ける。その中から、ポストモダンにおける価値観を形成していけるのではないだろうか。

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