Sep 30, 2010

3分間ドラッカー【第120回】コスト削減は事業の全体を視野に入れる

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3分間ドラッカー【第120回】コスト削減は事業の全体を視野に入れる

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 「コストはほとんどの場合、経済的な実体ではなく法的な実体に付随するもの、すなわち個別企業という特定の法的存在の内部において発生するものとして定義されている。その結果、コストの大半が見えなくなっている」(『創造する経営者』)

 製品やサービスのコストの3分の2は組織の外部で発生する。

 消費者にとって重要であり、購買を決定するものは、全体のコストである。総コストが原材料から最終製品に至る一連の経済連鎖における法的に独立した多数の企業のあいだでいかに発生しているかは、まったく関係がない。

 コスト削減の最も効果的な方法は、活動そのものをやめることである。コストの一部削減が効果的であることは稀である。

 実際には、コスト削減キャンペーンのほとんどが、いかなる活動もいかなる部門も廃止しないというマネジメントの宣言から始まる。事前にキャンペーンの無効宣言をするに等しい。その結果、重要な活動は損なわれ、重要でない活動も数ヵ月後には元のコスト水準に戻る。

 コスト削減の成果を上げるには、事業の全体を視野に入れなければならない。さもなければ、コスト削減は他のコストへの押し付けに終わる。コスト削減の大成功の数ヵ月後には、事業全体のコストはさして変わっていないことが明らかになる。

 「コストとは経済の概念である。分析の対象たるコスト構造は経済的価値を生むための全経済活動である」(『創造する経営者』)

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コストとは経済の概念である。分析の対象たるコスト構造は経済的価値を生むための全経済活動である

新規事業開発に対する重要なメッセージである。

ある特定の技術、ある特定のマーケティングコンセプトが優れているから、その事業が成功するといったケースはあり得ない。かならず、全体プロセスをスルーしたコスト構造が事業を成り立たせるものになっているか。そのように設計できるか。それは、実現される顧客価値を実現した上で成り立つのか。

この視点を欠いては、いかなる新規事業開発も失敗する。

3分間ドラッカー【第111回】法律と政府機関を一定期間後に廃止する「サンセット方式」を機能させよ

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3分間ドラッカー【第111回】法律と政府機関を一定期間後に廃止する「サンセット方式」を機能させよ

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「最近におけるもっとも基本的な世界観と認識の変化、真に歴史的な転換ともいうべき変化は、法律と政府機関もまた、神ではなく人がつくるものであって、いずれも急速に陳腐化することが認識されたことである」(『イノベーションと起業家精神』)

 しかるに今日でも、政治の世界だけは、政府が行なうものは社会の本質に根ざすものであり、したがって不朽であるとの昔からの前提が堅持されている。

 そのため、政府が行なう古くなったもの、陳腐化したもの、生産的でなくなったものを切り捨てるためのメカニズムがない。

 最近では、法律と政府機関を一定期間後に自動的に廃止するというサンセット方式が導入され始めた。しかし、いまだ十分に機能するには至っていないという。

 ドラッカーは、その原因は3つあると指摘する。

 第一に、法律や政府機関が役に立たなくなったことを判定する客観的な基準がないことである。

 第二に、廃止の具体的な手続きがないことである。 
  
 第三に、それら廃止されるものの代わりになるものをどう導入するか、そのための具体的な方法がないことである。

 しかし、それもこれも元はといえば、政府に倒産の機能がないためである。

 「サンセット方式を効果あるものとするための原理と方法の開発こそ、ただちに行うべき重要な社会的イノベーションである。社会がそれを必要としている」(『イノベーションと起業家精神』)

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企業にも、これはあてはまるのではないか。

倒産という最悪の事態に至るずっと前に、何らかの手を打たれる機能がビルトインされている企業はほとんどないのではないだろうか。

極論だが、最悪の事態に至る前に事業をやめる能力を身に付けたが、それに代わる新規事業を生み出すサイクルを確立している企業は、わが国ににどれだけあるだろうか。そこにわが国の問題があるように思えてならない。


3分間ドラッカー【第109回】社会が消滅を許す唯一の組織が企業である

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 「企業は政府には不可能な二つのことができる」(『断絶の時代』)

 ドラッカーは、企業は事業をやめることができ、しかもやめざるをえなくなることがあると言う。いかに頑固であろうと、市場の試練には抗し切れない。

 さらにドラッカーは、企業は社会が消滅を許す唯一の組織だと言う。病院や大学はいかに役に立たず生産的でなくとも、戦争や革命でも起こらない限り、その消滅は社会が許さない。

 企業は利益を上げる。逆にそのことによって、損失を被るリスクを負う。このリスクが企業の強みにつながる。あらゆる組織のなかで、企業だけが業績の試練を受ける。利益が企業の評価基準になる。

 いかに陳腐化しても、病院はコミュニティに必要とされる。最低水準の大学さえ、ないよりはましと言ってもらえる。コミュニティや卒業生がわれらの大学を守る。

 消費者にはそのような感覚はない。長いこと使ってきた製品であっても、買う義務があるとは思わない。どれだけ便利か、どれだけ安全かだけを考える。役に立たなければ、メーカーが消滅しても残念には思わない。

 利益を上げるなとの主張は俗受けする。だが、投資家の本当の役割は損をしうるところにある。その役割は、リスクを負い、損失を被ることにある。この役割を果たしうるものは、政府ではなく投資家である。

 「私有であることが重要なのは、社会は倒産し消滅しうる組織を必要とするからである」(『断絶の時代』)

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私有であることが重要なのは、社会は倒産し消滅しうる組織を必要とするからである

企業人のわれわれとしては、常に肝に銘じなくてはならないメッセージである。

倒産し、消滅しうる組織であるということは、すべての事業は倒産し消滅する運命にあるということを意味している。

それでも、自社を生き延びさせなくてはならない。そのために、新規事業開発が必要になる。すべての事業は必ず寿命を迎える。これは避けられない。それに代わる新しい事業を生み出さなくてはならないのだ。これを生み出す仕組みは個々の企業によって、それぞれの仕組み、方法を以て、機能させなくてはならない。

Sep 29, 2010

3分間ドラッカー【第121回】企業は公益をもって自らの利益としなければならない

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「企業とは社会における富の創出機関であり生産機関である」(『現代の経営』)

 企業はすべて資源の能力を増大させ、社会の富を増大させていかなければならないとドラッカーは言う。しかも、社会のリーダー的存在としてのマネジメントの責任とは、公共の利益をもって企業の利益にすることであるという。私益を公益に従属させることでは十分でない。まさに公益を私益とすることによって、両者の調和を実現しなければならない。

 250年前、英国の著述家マンデヴィルは商業時代の精神を、その有名な言葉「私人の悪徳が公益となる」と要約した。利己心は無意識的かつ自動的に公共の利益になるとした。

 経済学は結論に達することなく、この問題を論じ続けている。しかしドラッカーは、彼が正しかったか間違っていたかは、もはやまったく意味がないと言う。そのような考えによっては、そもそも社会が永続しえない。

 いかなるリーダー的存在といえども、マンデヴィルの思想を基盤とする限り、社会に認められることはない。あらゆるリーダー的存在が、公益が自らの利益を決定すると言えなければならない。そのような確信こそが、リーダー的地位にあることの唯一の正当な根拠である。

 「私人の悪徳が公共の利益になるなどという思想に基づく社会は、それがいかに論理的に完全であろうとも、その利益がいかに大きくあろうとも、永続することはできない」(『現代の経営』)

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悪徳の誘惑に惑わされない。

実は、これは新規事業開発において、忘れてはいけないことである。

悪いことをしようと思って、新規事業開発に従事する者はいないと信じる。

だが、無意識のうちに、「自分のために」、「自分の立ち上げる事業のために」が行き過ぎて、結果的に悪徳になっていないかという自問をする「もう一人の自分」を持つことが必要である。

これは同時に、謙虚さにつながり、リスクマネジメントにもつながるのである。

3分間ドラッカー【第105回】流通チャネルや消費者行動を変えるeコマース

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 「何がeコマースに乗り、何が乗らないかはわからない。流通チャネルとはそういうものである」(『ネクスト・ソサエティ』)

 地元の食品店からスーパーへという流通チャネルの転換についても、それが与えるインパクトの中身は、なかなか明らかにならなかった。

 流通チャネルの変化は、誰が顧客かを変える。顧客がどのように買うかだけでなく、何を買うかを変える。消費者行動を変え、貯蓄パターンを変え、産業構造を変える。ひと言でいえば、流通チャネルの変化は経済全体を変える。

 ドラッカーは、まもなくeコマースが従来型のグローバル企業を駆逐すると言う。

 eコマースによる生産、サービス、修理、保全には、今日のものとは異質の組織を必要とする。異質の思考、異質の事業の定義、異質のトップマネジメントを必要とする。

 今日、ほとんどの事業において、配達は後方支援業務としての日常業務の一つにすぎない。問題が起こらない限り、定型の業務にすぎない。

 ところがeコマースでは、配達が差別化の最大の武器になる。決定的に重要なコアコンピタンスとなる。

 「これまでの企業活動では販売は生産の僕だった。生産されたものを売らせてもらっていた。そのためのコストセンターだった。これに対しeコマースでは、販売は配達できるものは何でも売る」(『ネクスト・ソサエティ』)

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eコマースが流通チャネル、消費者行動を変えてきたという事実に異論を唱える者はもはやいないと言ってもよいだろう。

だが、これまで起こってきた変化は先進国での変化だけであった。

これに新興国という変数が加わったら何が起こるのだろうか。

実は、大変チャレンジングな課題であると痛感させられるミーティングを今週持った。某新興国から一時帰国している駐在員とディスカッションしたのだが、先進国の常識でものを考えるから、あなたはそう言うのです....と打ちのめされることがいくつもあった。

新興国という変数が何をもたらすか。今後のチャレンジ課題である。

3分間ドラッカー【第104回】マネジメント・サイエンスが機能する条件とは?

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3分間ドラッカー【第104回】マネジメント・サイエンスが機能する条件とは?

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「マネジメント・サイエンスは物質を研究するための数学的な手法のいくつかが、企業活動にも適用できるかもしれないという発見に有頂天になったあげくにスタートした」(『マネジメント【エッセンシャル版】』)

 マネジメント・サイエンスの仕事のほとんどが、企業とは何か、マネジメントとは何かに関心を払わずに進められたとドラッカーは指摘する。

 関心はもっぱら「この見事な手法を適用できるのはどこか」だった。

 マネジメント・サイエンスが約束した仕事を行なえるようになるには、企業についてのいくつかの基本的な事実を自らの基準とすることが必要である。

 第1に、企業は最強最大のものであってさえ、社会や経済の力によって簡単に消滅させられる存在だということである。

 第2に、企業は単に物や考えを生み出す存在ではなく、人が価値ありと認めるものを生み出す存在だということである。

 第3に、経済的な活動とは、現在の資源を不確かな未来に投入することだということである。企業にとっては、リスクを冒すことこそが基本的な機能である。

  「マネジメント・サイエンスが有効たるには、現実のマネジメントの前提、目的、考え、あるいは間違いまで事実として扱わなければならない。それらの事実の研究と分析こそ、マネジメント・サイエンスが意義ある成果を上げるためにまず取り組むべきことである」(『マネジメント【エッセンシャル版】』)

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新規事業開発のあり方をマネジメントサイエンスのレベルに高めたい。

実は、私自身が心の底に持っている野望である。

そうはいっても、新規事業開発に関する書籍はいくつも出ているし、すぐれたものも存在する。

それでもなおかつ、自分がやれること、やれそうなこと、やらなくてはならないことは何だろうか?という問いを自らにし続けている。

現時点での仮説にすぎないのだが、巷に出ている出版物を読んで、私自身が物足りないと感じるのは、コンサルタントが理論に基づくテンプレートを実務者向けに提供する、もしくはトップマネジメントはかくあるべしという言説が大半を占めているように思えることである。

自ら、新規事業開発の当事者としてやってきて、これらの出版物から得るところは多々あるのだが、現場で経験を積んできた中で体得したものというのは別のものがあるのだ。それはメンタルな姿勢であり、応援団の形成であり....といったものがいくつかある。だが、それを単なる個人の経験談で終わらせてよいのか。それでは、他のケース、他の者には使えないではないか、と思えてきたのだ。

これが、新規事業開発のあり方をマネジメントサイエンスのレベルまで高めたいという思いにつながっている。

まだまだ、発展途上ではあるが、何かを生み出したいと日々思っている。

Sep 28, 2010

3分間ドラッカー 【第122回】乱気流時代には、機会に糧食を与え問題に糧食を絶つ

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3分間ドラッカー 【第122回】乱気流時代には、機会に糧食を与え問題に糧食を絶つ

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 「乱気流の時代にあっては、贅肉を落とし筋肉をつけなければならない。重い負担に耐え、迅速に行動し、機会をものにしなければならない」(『乱気流時代の経営』)

 自ら挑戦しなければ、安易に流れ、活力を失い、散漫となる。資源の配分も、成果によらず惰性と前例によって行なうようになる。なによりも不快なことを極力避けようとする。

 じつは、資源を成果に向けて集中することほど面倒で評判の悪いことはない。ノーと言わなければならないからである。ドラッカーは、機会には糧食を与え、問題からは糧食を絶て、が鉄則だと言う。

 成果に向けて資源を集中するには、ドラッカーが企業のウェイトコントロールと呼ぶものを組織的に行なっていく必要がある。新たな仕事を一つ手がけるごとに、将来性のない仕事や生産性の低い仕事を一つ放棄していくことである。

 長い航海を続けてきた船は付着した貝を洗い落とす。さもなければ、スピードが落ち、機動力は失われる。したがって、このウェイトコントロールに加えて、数年ごとに、あらゆる製品、あらゆるサービス、あらゆるプロセス、あらゆる活動について、その後の知見をもってしても続けることが得策かを検討しなければならない。

 往々にして事業の成功そのものが、事業、活動、サービスを陳腐化し、非生産的にしている。

 「あまりにわずかの企業しか、昨日を切り捨てていない。そのためあまりにわずかの企業しか、明日のために必要な資源を手にしていない」(『乱気流時代の経営』)

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>あまりにわずかの企業しか、昨日を切り捨てていない。そのためあまりにわずかの企業しか、明日のために必要な資源を手にしていない

日本企業の現下の問題は昨日を切り捨てるのみで、明日のために必要な挑戦をしていないのではないか。いや、挑戦をしていないのは言い過ぎかもしれないが、挑戦の量が少なすぎるのではないか。

では、限られた資源の中で、挑戦の量を十分なところまで持っていくにはどうすればよいか。トップが方針を示す。組織を作る。評価制度を....教科書に書いてあるようなことは言うまい。そんなことは、言い古されている。

まず、そんな俗説を口にすることはやめよう。いや、そんな俗説を口にするほど、下衆な者は少ないであろう。だが、心の底で思っている者は多くないか。

まずは、それらの思考を止めよう。そして、自ら挑戦しようではないか。自分一人の力など、大したことない。それはそうだ。だが、自分が動かなくて、トップが動くことを期待していても、何も変わらない。周囲が動くことを期待しても、何も変わらない。しかし、市場は変化する。競合は動く。その結果、自らの身が脅かされて、誰が責任をとるのか。それは自分である。ならば、自ら行動する方がよいと思わないか。